国宝 高岡山瑞龍寺を見学、写真がどうやら下手になって来た・・・。
2026年6月28日、高岡にやって来たのも、瑞龍寺を見学したくてやって来た。

以前撮った写真で、瑞龍寺を上から見た様子を見る。

なので、拝観直ぐの総門で、まだ本当の入り口である。


カメラは古いフルサイズ一眼を持って来た。これはミラーレスでは無いので、見たままが撮れるわけではない。
イメージはファインダーで覗いた状態ではあるが、色合い、明るさ、等はカメラ任せになってしまう。

撮っては背面液晶画面を見るのは私スタイルでは無いが、持って来たカメラがそうなので仕方ない。

老眼だし、明るい場所での液晶画面は当然見難いし、いまどきでは無かった。
あとで画像をいじっても、画質は悪くなるばかり・・・。

ガイドの人に、少し横にズレて撮るのも良いですよ!と言われた。


そうなんかなぁ・・・。

私はど真ん中が良い・・・・。

それと、この飾りが好きである・・・。

人も入れたくないのだが・・・。待ってられんし・・・。

あとで見ても、この撮り方、下手くそやなぁ・・・・。


センスの問題なのか、突き詰めて撮っていないのか?
さて、山門をくぐって、仏殿を見る。

カメラに収まりきらない時、どう撮る?


納得出来んなぁ・・・。カメラを下に置いてみる。

ダメや・・・。

自分の目で見て、へーとなるのを、カメラで撮ってその表現が出来ていない・・・。


カメラの枠は決まっているが、それだけで表現できない。

全部入れて撮るというものでもない。

カメラの問題にはしたくない・・・。


自分が良い感じって思ったのを記録しているだけにすぎず・・・・。

切り取り方なのか?


日の丸写真と言われるのか?

撮影可と書いてある。撮っちゃダメなものあったのか?

木製の魚の形をした“魚ほう(ぎょほう)”読経時に叩く木魚とは別に、食事開始の合図に打ち鳴らす道具。
“魚は眠らない”ことから、修行僧が寝る間も惜しんで励むようにとの願いが込められている。

何度もたたかれた跡が痛々しい・・・。

もっと撮影の勉強をしなければ・・・。と思った今回の撮影であった・・・。

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以前撮った写真で、瑞龍寺を上から見た様子を見る。
なので、拝観直ぐの総門で、まだ本当の入り口である。
カメラは古いフルサイズ一眼を持って来た。これはミラーレスでは無いので、見たままが撮れるわけではない。
イメージはファインダーで覗いた状態ではあるが、色合い、明るさ、等はカメラ任せになってしまう。
撮っては背面液晶画面を見るのは私スタイルでは無いが、持って来たカメラがそうなので仕方ない。
老眼だし、明るい場所での液晶画面は当然見難いし、いまどきでは無かった。
あとで画像をいじっても、画質は悪くなるばかり・・・。
ガイドの人に、少し横にズレて撮るのも良いですよ!と言われた。
そうなんかなぁ・・・。
私はど真ん中が良い・・・・。
それと、この飾りが好きである・・・。
人も入れたくないのだが・・・。待ってられんし・・・。
あとで見ても、この撮り方、下手くそやなぁ・・・・。
センスの問題なのか、突き詰めて撮っていないのか?
さて、山門をくぐって、仏殿を見る。
カメラに収まりきらない時、どう撮る?
納得出来んなぁ・・・。カメラを下に置いてみる。
ダメや・・・。
自分の目で見て、へーとなるのを、カメラで撮ってその表現が出来ていない・・・。
カメラの枠は決まっているが、それだけで表現できない。
全部入れて撮るというものでもない。
カメラの問題にはしたくない・・・。
自分が良い感じって思ったのを記録しているだけにすぎず・・・・。
切り取り方なのか?
日の丸写真と言われるのか?
撮影可と書いてある。撮っちゃダメなものあったのか?
木製の魚の形をした“魚ほう(ぎょほう)”読経時に叩く木魚とは別に、食事開始の合図に打ち鳴らす道具。
“魚は眠らない”ことから、修行僧が寝る間も惜しんで励むようにとの願いが込められている。
何度もたたかれた跡が痛々しい・・・。
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